ことばとしぜよ。
【web2.0のその後を見据えて、親指の疲れない程度につらつらと綴ります。】
暴力を前にして おののきふるえぬものはいない
私たちは死をおそれる 私たちはみな生を愛する
幸せを求めているものを傷つけて
幸せになれるだろうか?
なぐればなぐり返される 刺せば刺し返される
撃てば撃ち返される 殺せばあなたも殺される
あなたのいのちはつながっている
他のすべてのいのちと
by谷川俊太郎『いのちの輪』
私が敬愛する谷川俊太郎の詩の一つである。
こんなに素晴らしい詩を紹介した今日と云う日が、 63回目の原爆の日である事を悲しく思う。
原爆を落とされた時間は8時15分である。今朝の8時15分、あなたは何をしていただろうか。
私は今日、普段より早く起きて、平和記念式典のテレビ中継をを見て、黙祷した。
おそらくこのブログを見ている方で、あの時間に黙祷した方などほとんど居ないだろうと思うが。
目の前に流れる映像が、どれも納得のいかない映像ばかりな事には閉口した。
まずはアナウンサーの「原爆が落ちた日」である。なんなんだ?「落ちた日」って。それでは自然現象のように落ちたきたようではないか。「落ちた日」ではない。「落とされた日」ではないのか。
そして最も理解不能なのが、何度も何度も出てくる
「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」と云う原爆慰霊石碑である。あの石碑の前には沢山の献花が置かれている。なんなんだ、これ。あやまちを犯したのは我々だけなのだろうか?
当たり前だが、原爆慰霊碑に祀ってあるのは原爆犠牲者の霊である。その原爆は誰が落としたのか。これまた当たり前だ。ハリー・S・トルーマン(Harry S. Truman)、当時のアメリカ合衆国第33代大統領である。
原爆を落した物が自己の責任を認め、「二度とこのようなあやまちを、再び犯さぬ」と云うのならうなずける。
どうもこの石碑を見る時にだけ、日本人を「地球市民」に変換して第三者となり、犠牲者を思っているような気がしてならない。
「日本人」として広島でこんな言葉を発する謂れはない。
皆さん、私の解釈は間違っていますか?どう思いますか?思う事をコメントとして頂けたら恐縮です。
原爆に関わる俳句は沢山ある。
その中で、私が最も興味深いものを紹介して今日のブログを終えようと思う。
西東三鬼の句、
『広島や 卵食ふ時 口開く』 である。
原爆をうたった詩歌と云えば、まずこの句を思い出すのだ。
食べると云う行為をしなければ生きられぬ人間存在、人間像。それと同時に、知らぬ間に自分を包んでいる大きな相手への恐怖。
しかし、食べる事によって一瞬にして「加害者」に翻っている我々。
命が命をはぐくむ。
誰かが生きると云う事は、誰がが死ぬと云う事だ。
俳句は面白い。
日本人に生まれてこれて、本当に良かったと思う瞬間でもある。
私たちは死をおそれる 私たちはみな生を愛する
幸せを求めているものを傷つけて
幸せになれるだろうか?
なぐればなぐり返される 刺せば刺し返される
撃てば撃ち返される 殺せばあなたも殺される
あなたのいのちはつながっている
他のすべてのいのちと
by谷川俊太郎『いのちの輪』
私が敬愛する谷川俊太郎の詩の一つである。
こんなに素晴らしい詩を紹介した今日と云う日が、 63回目の原爆の日である事を悲しく思う。
原爆を落とされた時間は8時15分である。今朝の8時15分、あなたは何をしていただろうか。
私は今日、普段より早く起きて、平和記念式典のテレビ中継をを見て、黙祷した。
おそらくこのブログを見ている方で、あの時間に黙祷した方などほとんど居ないだろうと思うが。
目の前に流れる映像が、どれも納得のいかない映像ばかりな事には閉口した。
まずはアナウンサーの「原爆が落ちた日」である。なんなんだ?「落ちた日」って。それでは自然現象のように落ちたきたようではないか。「落ちた日」ではない。「落とされた日」ではないのか。
そして最も理解不能なのが、何度も何度も出てくる
「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」と云う原爆慰霊石碑である。あの石碑の前には沢山の献花が置かれている。なんなんだ、これ。あやまちを犯したのは我々だけなのだろうか?
当たり前だが、原爆慰霊碑に祀ってあるのは原爆犠牲者の霊である。その原爆は誰が落としたのか。これまた当たり前だ。ハリー・S・トルーマン(Harry S. Truman)、当時のアメリカ合衆国第33代大統領である。
原爆を落した物が自己の責任を認め、「二度とこのようなあやまちを、再び犯さぬ」と云うのならうなずける。
どうもこの石碑を見る時にだけ、日本人を「地球市民」に変換して第三者となり、犠牲者を思っているような気がしてならない。
「日本人」として広島でこんな言葉を発する謂れはない。
皆さん、私の解釈は間違っていますか?どう思いますか?思う事をコメントとして頂けたら恐縮です。
原爆に関わる俳句は沢山ある。
その中で、私が最も興味深いものを紹介して今日のブログを終えようと思う。
西東三鬼の句、
『広島や 卵食ふ時 口開く』 である。
原爆をうたった詩歌と云えば、まずこの句を思い出すのだ。
食べると云う行為をしなければ生きられぬ人間存在、人間像。それと同時に、知らぬ間に自分を包んでいる大きな相手への恐怖。
しかし、食べる事によって一瞬にして「加害者」に翻っている我々。
命が命をはぐくむ。
誰かが生きると云う事は、誰がが死ぬと云う事だ。
俳句は面白い。
日本人に生まれてこれて、本当に良かったと思う瞬間でもある。
「落とされた日」に、賛同いたします。
「過ちは繰り返しませぬから」に関しては
この過ちは戦争を起こす事と 解釈しています。
ちなみに終戦記念日ではなく敗戦記念日と考えています。
[2008/08/07 08:17] sinn [ 編集 ] >>sinnさん
「過ちは繰り返しませぬから」の過ちが戦争(ってどの戦争なんでしょうね)だとすると、広島に設置され続けている意味が分からないんですがね…。
[2008/08/08 20:26] SAM [ 編集 ] このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2008/08/08 21:24] - [ 編集 ]
「過ちは繰り返しませぬから」に関しては
この過ちは戦争を起こす事と 解釈しています。
ちなみに終戦記念日ではなく敗戦記念日と考えています。
[2008/08/07 08:17] sinn [ 編集 ] >>sinnさん
「過ちは繰り返しませぬから」の過ちが戦争(ってどの戦争なんでしょうね)だとすると、広島に設置され続けている意味が分からないんですがね…。
[2008/08/08 20:26] SAM [ 編集 ] このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2008/08/08 21:24] - [ 編集 ]
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